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健康ウォーキング 歩こう会
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
高野山真言宗である東樹院にて
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
東樹院  真言宗 寺院
横浜の街並みを見晴らす、文福茶釜の伝承のある古刹。
港南の街を一望できる東樹院は、「文福茶釜」の言い伝えが残るお寺です。
女性に化けたたぬきが置いていったと言われる茶釜は、東樹院に今も大切に祀られています。
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
かながわ平和祈念館
戦争体験を風化させず次世代に伝えることを目的として、戦没者の方々の遺品などが展示してあるホールなどや地域住民の交流の場としての会議室などがあります。
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
笹下川の分水路取水庭
下流方向を望む。右側が分水路で、直下で左から来
た日野川分水路と合流し、根岸湾へ流出する
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
駅前近くの港南中学の校庭脇を入り、松影橋を渡るとすぐ福聚院
入口に石仏群があり、観音と地蔵の庚申塔の三猿の「線彫り」があり、他に馬頭観音像なども。
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
朝倉さんちのお墓
【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.6.19
祈念館にて

【第86回かけはし健康ウォーク(上大岡駅〜大岡川・笹下釜利谷道路周辺散策】2014.619
県立戦没者慰霊堂
最戸にある県立戦没者慰霊堂では毎年5月10日に追悼式が行われるそうです。
戦没者への哀悼と平和への思いを新たにした厳粛な式だった。上大岡が慰霊堂の場所に選ばれたのは、交通の便などを勘案した結果のこと。

【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
弘明寺観音堂にて
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
弘明寺公園見晴台
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
西光寺石地蔵 立像 
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
西光寺子育て地蔵
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
西光寺にて
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
港南区中里久良岐地蔵前
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
大岡川最戸橋付近
【第85回かけはし健康ウォーク(上大岡〜大岡川・弘明寺公園散策】2014.5.15
大岡川久保橋付近散策
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
JR京浜東北線 鶴見駅 駅ビル「シァル鶴見」屋上の庭園
地元の曹洞宗建功寺の住職で庭園デザイナーの枡野俊明氏が参加、枯山水をしつらえた屋上庭園。

このビルのなかには、本格的な茶室のある禅カフェや レストランフロアには木や石、和紙などを使い、落ち着いた和の空間もデザインされてます。
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
屋上庭園にて
枯山水付近
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
由緒は詳しくわからないが、足利尊氏を祀った寺尾四ヶ村の鎮守であったらしい。
狛犬は鶴見の石工「飯島吉六」によるもの、明治19年の作という。
阿像の狛犬が授乳しているのがちょっと珍しい。
深い木立に囲まれ、まさに「鎮守の森」の様相で、
落ち着いて凛とした空気を保っている。
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
白幡神社にて
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
瑞雲院建功寺にて
曹洞宗寺院
徳雄山瑞雲院と号
大州長誉(天正12年1584年寂)が開山となり創建したと
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
瑞雲院建功寺
大木移動の様子
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
入江川せせらぎ緑道(いりえがわせせらぎりょくどう)
入江川は都市化による工場や家庭からの排水、ごみの不法投棄などで汚くなった。
この川を改修して、家並の谷間にホッとくつろげる小川のせせらぎと、1キロ程の安心して歩ける
散策路がつくられた

【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
入江川せせらぎ緑道にて
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
馬場の赤門(ばばのあかもん)
江戸時代末期、周辺4か村の総代名主を務め、名字帯刀を許された澤野家の門。
代官支配当時は長屋門の部屋で村政を執った。
幕府から特に紅殻塗りを許された格式の高い名主門。

【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
馬場の花木園
ここは昔牡丹園があったところ、鶴見の丘陵地帯の斜面を利用して、
下の方に池を作り、牡丹や菖蒲のような花のほか、桜、梅、・・・など沢山の花木が植えられています。
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
馬場の花木園にて
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
真言宗智山派寺院の寳藏院について
愛宕山延命寺と号し 寳藏院の創建年代は不詳ですが、
鎌倉時代以前に草庵されたものと推定されてます。
【第84回かけはし健康ウォーク】2014.4.17
寶蔵院の霊泉について
源平五色の椿で有名な、鶴見の宝蔵院。
霊泉(延命水)と言われる湧き水。
本堂の裏に位置し、こんこんと湧き出ています。
宝蔵院は、少し小高い場所にあるのですがこれは山水と呼ばれる感じです。
特に煮沸しないでそのまま飲めるようで、
昔からずっと出続けていて一度たりとも枯れた事が無いとの事。

第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」
兜塚古墳 石碑にて
径30m、高さ5.8mの円墳。
発掘調査で 勾玉、水晶の切子玉、青銅渡金の金環などが出土。
築造 6世紀ごろと
兜塚の名前は、外形が兜の形をしていたためといわれているが、
太田道灌の伝説からとも、道灌が江戸城の支城を作るため、対岸の加瀬の台で一夜を過ごしたとき、
夢の中で鷹が道灌の兜をさらって飛び去り、この地の丘に兜を落とし、
不吉として道灌は築城をあきらめた。
鷹が兜を落とした丘には兜を埋めたため、兜塚の名がついたと伝えられている。
第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」
兜塚について
兜塚古墳 石碑にて
径30m、高さ5.8mの円墳。
発掘調査で 勾玉、水晶の切子玉、青銅渡金の金環などが出土。
築造 6世紀ごろと
兜塚の名前は、外形が兜の形をしていたためといわれているが、
太田道灌の伝説からとも、道灌が江戸城の支城を作るため、対岸の加瀬の台で一夜を過ごしたとき、
夢の中で鷹が道灌の兜をさらって飛び去り、この地の丘に兜を落とし、
不吉として道灌は築城をあきらめた。
鷹が兜を落とした丘には兜を埋めたため、兜塚の名がついたと伝えられている。
第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」
常倫寺にて
第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」
常倫寺について
曹洞宗 照光山 駒岡不動尊 常倫寺
室町時代末 天文11年(1542)北条氏家臣涼月安清が現在の山門下に草庵を結び瑞雲山吉祥院とした。
第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」

三ツ池公園 桜案内
上・中・下の3つの池を囲むように、およそ78品種1600本以上のサクラに彩られ、
「日本さくら名所100選」にも選ばれている。
みごとに咲き乱れるサクラを見て、のんびりと散策するのもおすすめ。

桜見頃時期の目安 3月中旬〜4月中旬

種類: 染井吉野(ソメイヨシノ),寒緋桜(カンヒザクラ),大島桜(オオシマザクラ),紅枝垂桜(ベニシダレザクラ),横浜緋桜(ヨコハマヒザクラ)他

桜の本数 約1600本

第83回かけはし健康ウォーク 2014.3.20
「鶴見歴史と緑の散歩道散策」
三ツ池公園にて
JR鶴見駅の北西約1.8kmにあり、三つの池を豊かな樹林が囲んでいます。
日本の「さくら名所100選」に選ばれており 2月中旬に開花する寒桜を皮切りに、
78品種およそ1600本のさくらが少しずつ時期をずらして花を咲かせます。
このほか、野球場、多目的広場、テニスコート、プールといった運動施設や、パークセンター、コリア庭園など様々な施設を備えてます。
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
慶岸寺にて
寺の門前は旧東海道、生麦事件のあった付近。

【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
慶岸寺の梅
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
1862年薩摩藩の大名行列を乱したとしてイギリス人が殺傷され、
「生麦事件」が発生した。落命した場所には碑(横浜市地域文化財)が建っています。
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
生麦事件発生場所の説明板
1862年薩摩藩の大名行列を乱したとしてイギリス人が殺傷され、
「生麦事件」が発生した。落命した場所に
碑(横浜市地域文化財)が建っています。
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
道念稲荷神社
毎年6月に、茅で作った大蛇を担いで町内を練り歩く
「蛇も蚊も」祭り(横浜市指定無形民俗文化財)が行われています
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
「蛇も蚊も」祭りについて
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
「キリン横浜ビアビレッジ」工場見学
ビールの製造工程(原料、仕込み、発酵・貯蔵、ろ過、パッケージング)について
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
「キリン横浜ビアビレッジ」工場見学をはじめ、さまざまなイベントを開催している。
ガイドが迫力ある映像、展示物で案内。
最後には、出来たてのビールをお楽しめます。
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
「キリン横浜ビアビレッジ」工場見学にて
最後には、出来たてのビールを楽しめる!
【第82回かけはし健康ウォーク/生麦魚河岸通り・キリンビール・新子安散策 2014.2.20】
横浜一之宮神社にて
一之宮大明神・一之宮明神社と称し、子安村の鎮守社であった
とのこと。
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
成願寺にて
総持寺は明治40年、石川県より鶴見の成願寺境内に移転してきた。
三松閣の裏手の森に旧成願寺跡地の碑が残されている。

【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
総持寺
百間廊下から仏殿を望む
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
大僧堂
修行僧のみが生活の場であり、根本修行道場だ。
朝夕の座禅、食事、就寝が行われている。
昭和8年に完成されたらしい。
東洋一の僧堂と言われているようだ
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
放光堂
この堂宇は安政年間に山形・鶴岡の総穏寺本堂として建立されましたが、總持寺移転に際して特別に献納された由緒があり、当時は、大祖堂として中心的な役割を果たしました。
現在は全国檀信徒の永代供養のご位牌を祀り、日夜回向しています
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
総持寺
地下廊下にて
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
総持寺 大祖堂
一般的にいわれる開山堂と法堂を兼ねた本堂客殿
千畳敷の内中外陣と、982坪の地下室を有し、瓦葺形の銅版屋根は53トンに及ぶとか
貫首禅師演法の大道場たるのみならず、諸種法要修行の場
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
総持寺
待鳳館から庭を望む
修行者がまず、厳しい修行に耐えられるか、覚悟を試す場所。
永平寺で言うと七堂伽藍のひとつ
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
大黒尊天の前にて(鶴見七福寺の一つ)
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
川崎市中原区 真言宗智山派寺院の西光山東福寺にて
毘沙門天
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
安養寺
横浜市鶴見区岸谷にある浄土宗寺院
安養寺福寿弁財天堂あり
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
安養寺
福壽辨財天が安置されて居ます。
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
総持寺拝観案内
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
鶴見七福神について
【第81回かけはし健康ウォーク/鶴見総持寺見学/近隣散策】2014.1.16
鶴見七福神
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
日枝神社(ひえじんじゃ)にて。横浜市南区の神社。
吉田新田(横浜関外地区40余ヶ町)の総鎮守。秋祭りは「かながわのまつり50選」にも選ばれ、横浜市内屈指の規模を誇る。通称「お三の宮」。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
吉田新田の開発者・初代吉田勘兵衛良信は、江戸の山王権現(山王日枝神社)を勧請し、新田の鎮守として寛文十三年(1673)に創建したもの、お三の宮の愛称で市民の間に親しまれています。吉田新田の地域は、現在の関外地区の大半を占め、中区伊勢佐木町をはじめ、南区にわたって四十ヵ町を数えます。神社境内には、延宝二年(1674)の手水鉢があり、社宝として木彫獅子狗が残されています。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
日枝神社(ひえじんじゃ)について
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
吉田新田の開発者・初代吉田勘兵衛良信は、江戸の山王権現(山王日枝神社)を勧請し、新田の鎮守として寛文十三年(1673)に創建したもの、お三の宮の愛称で市民の間に親しまれています。吉田新田の地域は、現在の関外地区の大半を占め、中区伊勢佐木町をはじめ、南区にわたって四十ヵ町を数えます。神社境内には、延宝二年(1674)の手水鉢があり、社宝として木彫獅子狗が残されています。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
横浜市南区、中村川に架かる橋。
現存する橋では日本最古のピン結合のトラス橋。
明治26年にこの場所の下流の「西之橋」として作られましたが、その後「翁橋」を経て、平成元年、この場所に移設され、歩行者専用の橋「浦舟水道橋」になりました。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
三吉演芸場。
昭和の初めに旦那芸の披露場所を提供すべく貸しホールとしてスタート、その後芝居や映画に活躍の場を与え、昭和48年からは改めて大衆演劇に舞台を預けることになったそうです。現在では東京新聞にて日々演目を紹介したり、横浜テレビ局(ケーブルテレビ)で芝居の中継サービスを行うなど、多方面にサービスの輪を広げています。精力的に大衆演劇の灯を広めようとする姿勢はチリ一つない館内の清潔さにも見て取れます。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19
横浜公園にて
明治政府が樹立した後の1875年(明治8年)、在留外国人の生活環境改善を求めた条約に基づき、土木技師リチャード・ブラントン設計のもと遊郭跡地に公園、公園から港に向かって新道路が建設され、それぞれが現在の横浜公園と日本大通りとなった。
「横浜公園」は外国人と日本人が共同で使用する公園であったことから、当時「彼我公園」(ひがこうえん)と呼ばれ園内には外人居留地運動場(野球場を兼ねたクリケット場など)も建設された。この運動場では1896年(明治29年)5月23日には日本で最初の野球の国際試合が旧制一高ベースボール部と外人クラブの間で行われた。1929年(昭和4年)には野球場が造られ、1936年(昭和11年)11月には公園内の横浜市から無償貸与された敷地に神奈川県立武道館(神奈川県学務部所管)が開館した。
【第80回かけはし健康ウォーク/吉田町駅〜大通り公園・中華街散策】2013.12.19  横浜公園にて

1952年(昭和27年)、公園内の野球場は当時の市長によって「横浜公園平和野球場」(通称:平和球場)と名付けられ、プロ・アマ、大人・子供を問わない野球の親善交流試合が数多く行われた。

1978年(昭和53年)、老朽化した平和球場を取り壊して横浜スタジアムが建設され、また園内の老朽化した施設を更新して日本庭園や水場をあしらったモニュメント広場が整備された。公園内にあった神奈川県立武道館は岸根公園内(横浜市港北区)に移転した。

1997年(平成9年)、チューリップが横浜市中区の区花に指定されたのを期に、横浜公園には市民の手によってチューリップが植えられ、春先は「チューリップの咲く公園」としても有名となっている。

【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
無量寺にて
高野山真言宗のお寺
大山道沿いにあり、境内には大山道の道標を兼ねた名号碑あり。
また、名木古木に指定されているイチョウの古木や、「出羽三山・西国・板東・秩父百番札所」供養塔などがあります。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
地下鉄蒔田駅から横浜英和女学院の方へ歩いて行く途中に「蒔田の森公園」、南区に残された貴重な緑地と自然のわき水を生かして、せせらぎや池、広場、自然風庭園などを配し、緑や小鳥のさえずりを楽しみながらくつろげる公園あり、この近くに吉良氏が建立した「勝国寺」があり、吉良氏の供養塔や大きなかわら、古木など見所がたくさんあります。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
吉良家の供養塔について
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
宝生寺 印信集について
宝生寺は、平安時代末期(1171)に創建され、鎌倉・室町 時代には、平子氏一族の菩提寺として、また武将の祈願道場として栄えました。江戸時代には末寺約50の寺をもっていました。多くの古文書を所蔵しており、「横浜」の地名が出てくる最も古い文書(1442)も残されています。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
宝生寺にて
宝生寺は、平安時代末期(1171)に創建され、鎌倉・室町 時代には、平子氏一族の菩提寺として、また武将の祈願道場として栄えました。江戸時代には末寺約50の寺をもっていました。多くの古文書を所蔵しており、「横浜」の地名が出てくる最も古い文書(1442)も残されています。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
宝積寺
根岸地区上町にあり、古道 保士ヶ谷道から山側へ一足入ったところが境内、根岸台を背にし、掘割川ぞいの滝頭・根岸の家々を見おろせる所にあります。真言宗明王山不動院宝積寺といいます。鎌倉時代に開かれたといわれていますから、八百年ぐらいの歴史を持つ古寺。本堂にまつられている千手観音は、市内観音三十三霊場の第二十六番礼所となっています。また弘法大師二十一か所の第一三番の礼所、新四国東国八十八か所霊場としては、第五十二番礼所で、十一面観音をまつっています。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
旧柳下邸
JR根岸線根岸駅から歩いて10分ほとの高台にある根岸なかよし公園内に旧柳下邸あり。
和館と洋館から成る柳下家住宅は、訪れる人もまれで、森に囲まれてひっそりと佇んでいます。この住宅は元々別なところにありましたが、現在地の根岸なかよし公園内に移築されました。
和館は大正時代に、洋館は1923年(大正12)に建てられ、その後、1996年(平成8)に横浜市に譲渡され、横浜市指定文化財となりました。
【第79回かけはし健康ウォーク/蒔田駅〜JR根岸駅散策】2013.11.21
旧柳下邸にて
JR根岸線根岸駅から歩いて10分ほとの高台にある根岸なかよし公園内に旧柳下邸あり。
和館と洋館から成る柳下家住宅は、訪れる人もまれで、森に囲まれてひっそりと佇んでいます。この住宅は元々別なところにありましたが、現在地の根岸なかよし公園内に移築されました。
和館は大正時代に、洋館は1923年(大正12)に建てられ、その後、1996年(平成8)に横浜市に譲渡され、横浜市指定文化財となりました。
【第77回かけはし健康ウォーク】
川和町駅から”ゆうばえのみち”散策ウォーク2013.9.19
川和富士公園 案内板
川和町のシンボル的存在の川和富士がある『川和富士公園』
もとは川和高校のそばにあったものを港北ニュータウン造成時に今の場所へ移転したそうです。
長い階段を上っていくと展望台があり 山の頂上からの眺めは素晴らしく、お天気の良い日にはランドマークや本物の富士山を見れるとか
階段がちょっと・・・と思われる方は山の周りをぐるぐると上っていく方法もあり
こども達が思いっきり遊べる広々としたグランドがあり休日には仲良く遊ぶ親子の姿が見られます。
『ゆうばえのみち』と名づけられた散策路に隣接
【第77回かけはし健康ウォーク】
川和町駅から”ゆうばえのみち”散策ウォーク2013.9.19

川和富士公園
長い階段を上っていくと展望台があります。山の頂上からの眺めは素晴らしく、お天気の良い日にはランドマークや本物の富士山を見ることができます。
加賀原遺跡のいわれについて
鶴見川流域の低地を西に見下ろす台地、「加賀原遺跡」と呼ばれる縄文中期の遺跡のあるところだとか。
竪穴式住居跡や土器などが大量に出土し、規模の大きな集落の跡であるらしい。月出松公園はその遺跡の上に整備されており、地下には遺跡が埋設保存されているという。
妙蓮寺 古木いちょう
敷地内にあるイチョウやケヤキなどの樹々は
横浜市古木にも指定されており、妙蓮寺の歴史の長さを物語っている。
妙蓮寺 地蔵
妙蓮寺は、山号を城根山と号し、身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗のお寺。
敷地内にあるイチョウやケヤキなどの樹々は横浜市古木にも指定されており、
妙蓮寺の歴史の長さを物語っている。
瑞雲寺 
川和町駅西側 落ち着いた臨済宗円覚寺派の寺院。
本尊は東方薬師瑞光如来。開創年歴応元年(1338)。
医王院という山号がある山門を入ると右側に筆塚。
50 年ほど前から筆供養がおこなわれており、年末に使い古した筆に感謝をこめ、お焚き上げが行なわれる。
寺秘仏 薬師様の腕に鷹がとまっている「鷹薬師如来」があり、12 年に一度寅年に開帳。
鷹薬師如来は、昔徳川家康が鷹狩に出かけた際、日頃寵愛していた鷹が逃げてしまった。
家康は大変惜しまれ、ひそかに薬師如来に祈願したところ、手元に戻った不思議な霊感を感じて、彫刻して当寺院に祀ったとされる。
瑞雲禅寺山門 枝ぶりの松にて 浄土宗 渋澤山 心行寺
総本山は京都の知恩院、大本山は東京・芝増上寺。
2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
大倉山駅から大倉山記念館、歓成院(かんじょういん)、大綱(おおつな)中学校、大綱小学校に囲まれた辺りを、字(あざ)で「観音前(かんのんまえ)」とか「観音耕地」と呼ばれていたとか。
その内、山の部分が「観音山」と呼ばれていたらしいとの事。
その後、大倉山と呼ばれるようになりすでに70年を経、昔の名前はもはや地元の記憶からも失われてしまったようです。
この観音とは、現在、歓成院の本尊として祀(まつ)られている十一面観音のこと、
かつては歓成院とは別に大倉山の麓(ふもと)に観音堂があったことからこの字名(あざな)がつけられたようです。
2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
大倉山記念館横を抜け、尾根の向こう側へ降りると、有名な梅林。
東急電鉄が乗降客誘致のために1931年(昭和6年)に公開したもの。
現在の梅林は開園当初より規模は小さくなっているようだが、
それでも「梅の名所」と呼ばれるに値するもので、早春には多くの観梅客を集めて賑わっている。

梅林の西に、細道を挟んで龍松院という曹洞宗の寺がある。
大倉山公園の梅林となっているところは、元々はこの龍松院の地所であったらしい。
龍松院は小机の雲松院の末寺だそうだ。

2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
「思いのまま」
白とピンクの花を思いのままに咲かす「思いのまま」などといった珍しい梅も。
2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
梅林の由来について
2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
1981年(昭和56年)3月大倉精神文化研究所は敷地を横浜市に売却、研究所本館を横浜市に寄贈。
横浜市は土地を公園として整備、建物を改修、
1984年(昭和59年)10月「横浜市大倉山記念館」として開館。 
建物は1991年(平成3年)11月1日に横浜市の文化財に指定。 
大倉山ドキュメンタリー映画祭の開催地。
記念館内 画廊展覧
2013.08.22「大倉山から新横浜散策ウォーク」
記念館前にて
大倉山記念館についてガイド
第74回歩こう会 2013.07.18「早淵川から新吉田の神社・寺巡りウォーク」
鶴見川支流の早淵川、昔は葦(よし)の生い茂る場所であったことから、吉田という地名がついたそうです。
高田橋にて
東急東横線綱島駅と横浜市営地下鉄グリーンライン高田駅のほぼ中間
早渕川堤にて 園應寺にて
園應寺の六地蔵 早渕公園にて昼食
光明寺
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
東急東横線日吉駅の近くから、周囲が田園風景に変わる高田町までの約2Kmの短い散歩道 地域の住民の方々にこよなく愛されている緑道。
松の川(小川)を埋め立て、自然歩道として整備したもの
人工的な植樹ではなく、「自生の草木、樹木を重視し本来の自然の姿を呼び戻すこと」「季節を感じながら快適に安全に歩けること」という考えのもと地元の方々が様々な活動を重ね、自生種を中心になんと66科281種が確認され、豊かな自然植生が復元されているそうです。
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
真福寺(下田地蔵尊)にて
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
真福寺(下田地蔵尊)

下田地蔵尊は、下田町真福寺(しんぷくじ)の本尊「子育延命地蔵尊(こそだてえんめいじぞうそん)、俗に下田地蔵尊と。霊験顕(あきら)かにして賽客(さいきゃく)絶えず」と記されてます。
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
4丁目公園にて昼食団欒
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
興禅寺福禄寿
853年に創建され、天台座主慈覚大師により創建されました。
現在の本堂は1806年(文化3年)に建立
福禄寿 :南極星の化身、幸福・封禄(財産)・長寿の神。 背が低く、長頭で長い髭をはやし、杖に経巻を結び、鶴を伴っている姿が一般的

第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
興禅寺福禄寿
本尊は十一面観音です。
第73回歩こう会 2013.05.16「日吉松の川緑道散策ウォーク」
興禅寺福禄寿 芭蕉の句
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
和田稲荷前にて
和田義盛に由来する和田稲荷
和田不動が祀られている
和田義盛が狩りをしたといわれる森と渓谷のある広大な公園がある。
源頼朝が平家の逆族を追討するため
白根不動明王に参籠
御伴には和田義盛を。
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
「大聖山 真福寺」
西行法師の詩

三浦一族の滅亡、明治の廃仏毀釈、関東大震災、大東亜戦争による焼失など幾多の試練を乗り越え今。

ご本尊の大聖不動尊(目が光ります)は源頼朝の重臣、和田義盛が平家追討を願い安置した、
大変由緒あるお寺です。
関東三十六不動霊場の四番札所でもあり、巡礼の方が参拝して御朱印を頂いてます。
隣接するお稲荷さんは「和田稲荷神社」

真福寺(和田稲荷神社)
かつて相模一帯を支配していた武士
三浦一族の中でも武勇の誉れ高く名高い和田義盛が建立。
源頼朝の重臣を務め、平家打倒を悲願していた和田義盛の夢枕に不動明王が現れた。

義盛は堂宇を建立し、夢に出てきた不動明王の像を作り、ここに祀った。
このお寺の不動明王は、他の像と異なり宝剣を前に突き出した珍しい姿です。

第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
横浜国立大学入り口にて
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
旧横浜工記念碑前にて
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
三ツ沢公園案内掲示版
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
三ツ沢公園記念像前にて
銅像「平沼さんの像」
1955年(昭和30年)第10回国民体育大会秋季大会開会式で聖火の最終ランナーを務めたときの姿。
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
滝の川遊歩道(三ツ沢せせらぎ緑道)
横浜市営地下鉄「三ツ沢上町」駅・「三ツ沢下町」駅付近
「三ツ沢せせらぎ緑道」という名の遊歩道
「神奈川区ビューポイント36景」のひとつ
かつての「滝の川」の跡地を緑道として整備したもの。
第72回歩こう会 2013.04.04「滝の川遊歩道・三ツ沢公園・横浜国大散策ウォーク」
三ツ沢西町「豊顕寺市民の森」は桜の名所
豊顕寺の寺林を「市民の森」として一般に開放しているもの
寺林には桜の木が約200本ほどあるという。
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
トムソーヤ神大寺中央公園にて
後方に公園内のログハウス
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
トムソーヤ神大寺中央公園の桜
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
青蓮寺の案内板
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
青蓮寺
にて
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
東泉寺にて
第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
最勝寺 満開の桜を背後に

第71回「片倉駅、菅田・羽沢・三ツ沢上町駅散策」2013.03.21
最勝寺(子年観音霊場3番札所)のシダレザクラ
今年の春 桜満開宣言は例年より10日くらい早かったそうです。
まさにいい日和で、幸先善し!
 
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」   2013.2.21開催
旧綱島街道 身代わり地蔵尊の由来
昔尾張の国から幼い兄妹が武蔵の国府中に住む叔父を尋ねて旅を続けこの地蔵尊前まできた、突然辻強盗が現れ太刀を振りかざして襲われ、兄妹はとっさに地蔵尊の蔭に、太刀の手元が狂い、地蔵尊の首を切り落としました。はずみで刀は折れ切先は辻強盗につきささり返り血で地蔵尊は朱に染まり、兄妹は危く難を免れた。以来土地の人はこれを身代り地蔵尊または血染めの地蔵尊と呼び、益々信仰するようになりました

第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」  2013.2.21開催
菊名池公園  にぎやかな商店街を抜け駅から5分ほどで『菊名池公園』。 すぐ『運動広場』が広がる。 広場内にはすべり台など遊具的なものは見当たらない。 公園の脇を流れる小川?に沿って歩いていくとその先にあるのが『菊名池』。 池なんだけどなにやら遠めからでは緑色にしか見れない。これは一体・・・。池全体を覆う緑の正体は蓮の葉
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
2013.2.21開催
白幡池公園、大きな池(白幡池)が大部分を占める公園。池には魚が放流されおり、釣りを楽しむ人々の姿が
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」   2013.2.21開催
身代わり地蔵尊
路傍の地蔵はありふれて珍しくはないが、これほどしっかり由来が書かれている地蔵尊も珍しい。
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
御創建の年代は詳かではない、口碑によれば第12代景行天皇の御代、日本武尊の東夷征伐時、この地に宿られ、六角の箸でもって御膳をとられ、その後、そのお箸に天照大神、日本武尊の御名を記して、神に祀ったと伝えらる。

白楽駅と岸根公園駅の中間地点辺りにあり。住宅街にあるので、場所が分かりずらい。鳥居のある入り口から境内までの道は約50メートル程。樹齢200年を超える、横浜市指定の名木でもある古木のケヤキがある神社。杉山大神は六角橋の総鎮守となる神社と言う事もあり、地域の人々はもちろん、商売を始める人なども数多く参拝に訪れているようだ。丘の上にある境内からは、横浜の景色を見る事もできる。
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
由来には『江戸時代中期に名僧祐天上人の名を冠して私達の先祖が厄病除けにお奉りし昔から厄除けと子育ての御利益があると信仰されています』とあり。地蔵尊は文政2年(1819)建立され、小堂の脇には庚申塔や地蔵塔が並んでいます。
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
神大寺(かんだいじ)その住宅街の中、お塩がたーくさん供えられている地蔵尊がある その名も「塩嘗(しおなめ)地蔵尊」!!  いぼを治すご利益があるとされ、その願いが叶った人達がお地蔵様にお塩をお供えしたことから「塩嘗地蔵尊」と言われるようになった。それほど大きくはないので見逃してしまいそうですが、そばまで来ればアノ白い塊は何!?  4体あるお地蔵様の前に、たくさんの塩が盛られてる!! 固まって結晶化した塩の塊がある!! その量から、多くの方がお参りに来、かつご利益があった事が伺る。ビックリする塩の量!! お地蔵様は塩分過多にならないかと余計な心配。
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
寶秀寺(ほうしゅうじ)
日本神話に出てくる日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が戦国時代の終わりに、大友久応の作る料理を
六角の箸を持参して食べていたとのこと。
まあー マイ箸ですかね!!
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
六角橋緑の小径 案内
第70回 「岸根公園から六角橋 妙蓮寺散策」
集合 さあ出発のミーティング
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催    コース案内 第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    
2013.1.17開催  今回参加者 浄智寺にて
布袋様は、大きな袋を背負っているものだが、浄智寺の布袋尊はにこやかに前方を指でさしている。
「宝はお前のすぐ後ろだよ。宝は近くにあるよ」と
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 浄智寺・布袋尊
鎌倉幕府第5代執権・北条時頼の3男、北条宗政の菩提を弔うために、弘安6年(1283年)に創建。開基は宗政の妻と兄・北条時宗による創建。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 鶴岡八幡宮旗上弁財社にて
鶴岡八幡宮の鳥居をくぐり、右側の源氏池に浮かぶ島に旗上弁財天社(はたあげべんざいてんしゃ)が建つ。1180年(治承4)、源頼朝が伊豆国に源家再興の旗を上げた事にちなむ。戦いに敗れ、鎌倉へ移り、鶴岡八幡宮を創建。妻・政子が平家滅亡を悲願し源平池を掘らせ、源氏池の島に弁財天社を祭ったのが始まり。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」
2013.1.17開催 宝戒寺・毘沙門天 案内
1335年(建武2)、後醍醐天皇の命を受け、足利尊氏が北条一族の冥福を祈って鎌倉幕府の執権・北条家代々の屋敷があった地に建立したお寺。本堂の中央には本尊の子育経読地蔵が安置されており、その本尊の向かって左側に佛母准胝観世音菩薩とともに、鎌倉・江ノ島七福神のひとり、毘沙門天が安置されてます。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」
2013.1.17開催 妙隆寺・寿老尊
 山門
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 妙隆寺 寿老尊
本覚寺にほど近い妙隆寺。
裏道にひっそりとしてこじんまりした佇まいで。
寿老尊はこの中に 祠の中に、七福神のひとりである寿老尊が。この寿老尊、「酒を好み頭が長く、白髪で赤い顔をした長寿の神」とされているそうです。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 本覚寺・恵比寿神にて
本覚寺のある地は、もともと源頼朝が幕府の鬼門除けのために夷神をまつったという夷堂(天台宗系)があった所で、1436年(永享8年)、開山の日出が日蓮宗の寺とした。二代日朝が身延山に参詣することが困難な人のために、身延山久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したことから「東身延」とも呼ばれている。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 長谷寺・大黒天
出世開運の御利益で知られ、弘法大師の御作とも伝えられる尊像ですが、その銘文に、応永19年(1412)の作と確認されており、神奈川県内でも最古の大黒天像であります。そのため、現在は宝物館にて収蔵・公開しております。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 長谷寺・大黒天にて
もとの本尊に代り、大黒堂には新たに「出世開運授け大黒天」をお祀りしており、鎌倉・江ノ島七福神の1つに数えられます。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 御霊神社・福禄寿 案内板
目の前を江ノ電が走る御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、平安時代の開発領主鎌倉権五郎景政を祀る。
別名「権五郎神社」。
第69回 「鎌倉江の島七福神巡り」    2013.1.17開催 御霊神社・福禄寿
鎌倉には、大庭・梶原・長尾・村岡・鎌倉という平氏一族の五家があって、その祖先をまつる「五霊神社」が建てられた。  しかし、鎌倉権五郎景政が武勇の誉れが高いことや、景政が領していた地であったことなどから、いつしか景政一人を祀る神社となったのだという。
   
第68回 「岸根公園から小机近辺散策」    2012.12.20開催
岸根公園:現在の公園の敷地は米軍岸根部隊が駐留する「岸根キャンプ」であった。1972年キャンプの撤収に伴い横浜市に土地が返還され、公園として整備された。園内には、野球場などがあり、周辺住民の憩いの場となっている。

第68回 「岸根公園から小机近辺散策」    2012.12.20開催
駒形明神・馬頭観音:平家追討を進める源氏方の中、木曾義仲は頼朝と対立する。1184年宇治川を挟んで木曾義仲軍と源義経軍が合戦になる、義経配下にいた佐々木高綱は、奇策を講じて一番乗りを獲得。高綱が乗っていた馬を「いけずき」、頼朝から与えられた「平家物語」に語られる伝説の名馬。
宇治川の合戦で活躍した「いけずき」は、佐々木高綱の所領である鳥山町で余生を送り、この地で死んだと伝えられ、高綱は遺骸を大切に葬ると、そこに小さな社を建て「駒形明神」として祀った、現在は同じ場所に「馬頭観音堂」が建てられている。。
第68回 「岸根公園から小机近辺散策」    2012.12.20開催
三会寺(さんねじ)高野山真言宗 十一面観世音菩薩
源頼朝の発願によって佐々木高綱が奉行となり建てたとの寺伝あり。

第68回 「岸根公園から小机近辺散策」    2012.12.20開催
烏山八幡宮:鎌倉幕府の開府のころ近江出身の佐々木高綱が頼朝からここ鳥山を与えられ屋敷を構えていたそうです。
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園    2012.11.22開催
大塚・歳勝土遺跡(おおつか・さいかちど いせき)
85軒もの竪穴住居(たてあなじゅうきょ)跡と10棟の高床倉庫(たかゆかそうこ)跡が発見されたそうです。
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園      2012.11.22開催
第9番札所慈眼寺  都筑橘樹薬師
グリーン・ブルーラインのセンター北駅の西側、杉山神社の隣。
80年代に造成された港北ニュータウンの中央地区
周辺には阪急などのショッピングモールが。
都筑橘樹十二薬師は、江戸中期から始まったと言われています
特にこの周辺は、ここ2〜30年に劇的に環境が変化した地域かな。

慈眼寺は、16世紀後期に開かれたものであり、上杉謙信が小田原責めをした際には、その遠征途中で本陣として使用されたようです。中興の祖である専栄和尚は、センター北駅とセンター南駅の間を流れる早渕川に堰を作るなど、この地域の発展に力を尽くした

第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園
都筑区 中川八幡山公園
早渕川沿い、半島が突き出たような小高い丘の上にある公園。
縄文早期・中期、弥生時代などの遺跡が、昭和52年の調査で発見。
タウンセンター地区や、遠くは丹沢の山並みが見渡せるビュー ポイント。
春はサクラの花が咲き、夏はスグリの実がなります。
交通/市営地下鉄「センター北」駅下車15分
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園
大塚・歳勝土遺跡(おおつか・さいかちど いせき)
横浜市都筑区港北ニュータウン“ど真ん中”
2000年前 弥生時代の遺跡(国指定の史跡)
「遺跡のある公園」として地域の人々に無料で開放。
遺跡公園内には竪穴住居(たてあなじゅうきょ)や高床倉庫(たかゆかそうこ)再現。
マンション群とショッピングモールに隣接
現代から弥生時代へのタイムトンネル。
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園
大塚・歳勝土遺跡(おおつか・さいかちど いせき)
85軒もの竪穴住居(たてあなじゅうきょ)跡と10棟の高床倉庫(たかゆかそうこ)跡が発見されたそうです。
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園

都筑民家園
近郷にあった江戸時代の民家を移築。
地域の人々のボランティアに支えられて活用保存。
港北ニュータウンの中にあり新旧住民が維持管理や活用を通して交流する拠点。

 
第67回かけはし健康ウォーク 中川駅からセンター北公園
山崎公園・くさぶえの道
横浜市営地下鉄の「中川」駅から徒歩5分。
駅から少し歩くと遊歩道「くさぶえの道」。
釣りができる池や大きな広場があり、噴水広場では水遊びが。
公園内に屋外プールがあり、夏はプールでも賑わいます。
遊具などは無いので、ボールなど遊び道具を持って行って広場で!
園内の半分ほどが山のような斜面、ハイキング気分も楽しめます。
途中途中にある案内版が、「くさぶえの道」でつながっている各公園に入る目印。

 
【第66回「あざみ野からセンター南・散策ウォーク」】2012.10.25
驚神社にて、
祭神は伊邪那岐命、
日本神話に登場する男神
伊邪那美命とともに、日本国土生み、多くの神を生む
【第66回「あざみ野からセンター南・散策ウォーク」】2012.10.25
荏田常夜灯
大山参詣の信仰の道
荏田宿の灯

【第66回「あざみ野からセンター南・散策ウォーク」】2012.10.25
真福寺にて
本尊、木造千手観音立像(一木造り)は、平安時代末期の作、県指定重要文化財。 木造釈迦如来立像(寄木造)は、国指定重要文化財、鎌倉時代の作。阿弥陀如来立像や虎薬師坐像も安置されてます。
本堂に奉納されてる絵馬、平成15年、横浜市の文化財に指定。商売繁盛、眼病の平癒を願う絵馬、初産時の授乳の良さ願う絵馬、民俗資料として注目、絵馬研究上で興味を持たれてます。

【第66回「あざみ野からセンター南・散策ウォーク」】2012.10.25
驚神社 力石

古くこの地域一帯を石川牧といい、馬の生産・育成地として知られ、馬を大切にする(馬を敬う)という意味で「驚」とついたと。横浜市の無形民族文化財の指定「牛込獅子舞」は300年近い歴史もち毎年10月に奉納。神社の脇に「力石」があり、氏子の若人が力を競い合ったそうです。
 
【第66回「あざみ野からセンター南・散策ウォーク」】2012.10.25
剣神社
この神社には、鎌倉街道にまつわる剣と蛇についての伝説あるとのこと。
 
第65回「三保市民の森散策ウォーク」
尾根地点「ひよどり」にて
2012.09.20
第65回「三保市民の森散策ウォーク」
尾根道の標識
2012.09.20
第65回「三保市民の森散策ウォーク」
2012.09.20
第65回「三保市民の森散策ウォーク」
2012.09.20
第64回「鴨居上山ふれあいの樹林散策ウォーク」
猿山村領主の墓前にて
 2012.8.23
第64回「鴨居上山ふれあいの樹林散策ウォーク」
鴨池人道橋

(関東の富士見百景に選ばれた処)
にて
 2012.8.23
   
横浜港海浜ウォーク
赤レンガパークにて
2012/7月19日
横浜港海浜ウォーク
象の鼻パークにて
2012/7月19日
記念すべき第一回の歩こう会
2012/5月で60回超え
長寿同好会となりました。
2004/9月等々力渓谷にて
三渓園案内図板
山手駅三渓園本牧市民公園散策ウォーク

2012.06.
三渓園眺望
山手駅三渓園本牧市民公園散策ウォーク

2012.06.
三渓園にて
山手駅三渓園本牧市民公園散策ウォーク

2012.06.
上海横浜友好園(三渓園南門左)
山手駅三渓園本牧市民公園散策ウォーク

2012.06.
本牧神社にて
山手駅三渓園本牧市民公園散策ウォーク

2012.06.
横浜山手の西洋館・公園散策ウォーク
山手イタリア山・外交官の家
2012.06.17
横浜山手の西洋館・公園散策ウォーク
山手公園・日本庭球発祥の地
2012.06.17
 
横浜山手の西洋館・公園散策ウォーク
港が見える丘・111番館前
2012.06.17
 
第60回生糸運んだ横浜道散策ウォーク
掃部山公園にておひる
第60回生糸運んだ横浜道散策ウォーク
井伊直弼の像(掃部山公園)
井伊直弼像の前にて
 
第x回 鎌倉彫資料館にて  2012.03.24
旧東海道・大池公園 散策
2012.03.24
旧東海道・保土ヶ谷 散策
 
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